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微生物による植物の病気を遺伝子レベルで明らかし、植物の生産性向上をめざす。

 農業技術が進歩した現在でも、世界的には毎年、10%を超える食料(約8億人分の食料)が植物の病気によって失われています。このような食料の安定供給を脅かす植物病害の約80%は糸状菌(カビ)が原因です。当研究室では、糸状菌が植物に病気を引き起こすプロセス、すなわち植物への侵入、植物中での増殖、それぞれの病気に特徴的な病徴発現などに関係する能力や、病気の伝染源として重要な胞子形成について研究を進めています。具体的には、主にAlternaria属とFusarium属の病原菌について、それらの植物感染に関与する遺伝子群を単離し、植物感染メカニズムを遺伝子レベルから総合的に解明することを目指しています。これらの研究によって、作物を病害から保護するための新たな技術開発に貢献したいと考えています。

Alternaria alternata病原菌の宿主特異性

 植物病原菌は、それぞれ限られた作物種あるいは作物品種にのみ感染します。このような現象は、宿主特異性(宿主選択性)と呼ばれています。宿主特異的な寄生性を決定する因子として、ある種の糸状菌が宿主特異的毒素を生産することが知られています。宿主特異的毒素は菌の第2次代謝産物であり、それぞれの宿主作物に対してのみ低濃度で毒性を発揮します(図1)。これまでに、19種の病原糸状菌から宿主特異的毒素が報告されており、それらのうち7例がAlternaria alternataの7つの病原性系統(病原型)由来です。A. alternataは、自然界に広く分布する空中飛散性の本来腐生的な糸状菌です(図1)。したがって、宿主特異的毒素を生産するこれら病原菌は、腐生的な糸状菌が宿主特異的毒素の生産性を獲得することによって病原菌化したものと考えられています。

 当研究室では、A. alternata病原菌の毒素生合成遺伝子群を単離し、それらの構造と機能を解析することによって、植物寄生性進化の分子機構を明らかにしたいと考えています。どの毒素も低分子量物質であり、その生合成には複数の遺伝子が関与します。これまでに、ニホンナシ、イチゴ、タンゼリン、リンゴ、トマトの病原型から毒素生合成遺伝子クラスターを単離しました。さらに、これら遺伝子クラスターが、生存には必要でない小型の余分な染色体[conditionally dispensable (CD)染色体]にコードされていることを見出しました。現在、毒素生合成遺伝子をコードするCD染色体の進化的起源と成立機構の解明に取り組んでいます。

Fusarium oxysporumの病原性

 F. oxysporumは、自然界に広く分布する土壌生息性糸状菌ですが、異なる作物に萎凋性病害を引き起こす100以上の病原性系統(分化型)が存在し、世界的に最重要病原菌のひとつに数えられています。

 当研究室では、メロンつる割病菌(F. oxysporum f. sp. melonis)(図2)を材料として、形質転換ベクターによる遺伝子タギング法を用いて、病原性変異株を分離し、病原性関連遺伝子の同定を進めています。これまでに、ミトコンドリア運搬体タンパク質、2種の転写制御因子、アルギニン生合成酵素、糖新生酵素をコードする遺伝子を新奇な病原性関連遺伝子として同定しました。さらに、他の病原菌における相同遺伝子の単離とそれらの病原性における機能解析、同定した転写制御因子によって発現が制御される遺伝子、すなわち病原性に直接関与する遺伝子の探索などを行っています。また、突然変異源処理によって、多数の栄養要求性変異株を分離し、植物感染に重要な基礎代謝の同定も進めています。これらの研究によって、本菌の植物感染メカニズムの総合的な理解を目指しています。

 本菌は、根から侵入、導管内で蔓延、全身感染し、萎凋・枯死を引き起こします。したがって、導管液には、菌が感染を成立させるための因子を、また植物が菌の感染を阻止するための因子をそれぞれ分泌していると予想されます。当研究室では、感染植物の導管液プロテオーム解析を研究基盤として、植物と病原菌が対峙する導管液に分泌される病原菌の新奇エフェクター、植物保護への応用展開も期待される植物の新奇抗菌タンパク質の同定にも取り組んでいます。

 また、本菌は小型胞子、大型胞子および厚膜胞子の3種の胞子を形成し、それらが伝染源や耐久生存器官の供給機能として病理学的、生態学的に重要な役割を果たしています。当研究室では、本菌の胞子形成を制御する遺伝子群の探索を進めています。

イネばか苗病菌の病原性

 イネばか苗病菌(Fusarium fujikuroi、完全世代Gibberella fujikuroi MP-C)は、ジベレリンを生産し、イネに特徴的なばか苗症状(徒長)を引き起こします(図3)。

 当研究室では、本菌のジベレリン欠損株を用いて、ジベレリンが病徴発現に不可欠であることを確認しました。もし、ジベレリンが単なる病徴発現因子であれば、ジベレリン欠損株はイネ組織中で共生菌のように定着・増殖するはずです。しかしながら、接種苗からの菌の再分離実験によって、ジベレリン欠損株の組織内増殖・蔓延能力が低下することを見出しました。この結果は、本菌のジベレリンが単なる病徴発現因子ではなく、菌の組織内増殖にも重要な役割を果たすことを示唆しています。そこで当研究室では、ばか苗病菌ジベレリンの病理学的機能について、本菌の産生ジベレリン分子種が異なる各種変異株とイネのジベレリン関連変異体を用いて新たな視点から研究を進めています。

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